「燕青は強いね」

に言われると照れるぜ。褒めても何もでねーぞ?」

燕青の朝の日課である修行中、散歩に出ていたが偶然見つけたのだ。

綺麗な型の舞を見ている気分になったが賛辞の言葉を送っていたのだが。

「あー、ちっと腹が減ったかも。今日の飯は何だろうなー」

首を鳴らしながら起き上がった燕青はに視線をやった。

この数か月間で餌付けされたのは自分だけではないがこの可愛らしい少女の作る絶品料理には参った。

「今日は山菜御飯とお漬物とお汁だけど。夜は何がいいか早めに言っておいてね」

「いやーの料理は上手いからなー。いー嫁さんなるぜ?」

州城に来てびっくりした事は多々あったがとはおかわりともう三杯目の燕青の空になったお椀に汁物を注いでやりながら思い返した。

























「あの、悠舜様。州牧にお会いしていないのですが宜しいのでしょうか?」

仕事を初めて半日経っても州牧とは会えないままだ。

それは目の前に山と詰まれた書簡に目を通すという作業があるからなのだが。

「ああ、まだ正式な挨拶はしてなかったのですね」

「は?」

「わりー、何か言う機会がなー。俺が浪燕青で一応州牧ってことになってんだ」

隣に居た燕青がこれまたあっさりと言って両手に持っていた大量の要らない書簡を屑入れに捨てた。

さっきから悠舜の硯に墨を入れたり料紙を補充したりしていたのをが引き受けてからは確かに机の前に座って幾つか書類を片してはいたけれど。

「・・・びっくり、しました」

それだけ言って再び仕事に掛かって気が付いたら日も暮れて仕事も終わっててなんでか自分は饅頭を山ほど作っていた。

?いないと思ったらどーした?」

ひょこりと顔を覗かせた燕青に途方にくれた顔を向けた。

「私、ちゃんと仕事してました?」

「は?さっきすげー勢いで終わらせて悠舜から今日はもういいって言われてたからしてたと思うぞ?」

その言葉に嘘は感じられなくてほっとする。

後はこの山のように出来たお饅頭をどう処分するか、だ。

「なあ、それ俺食ってもいーか?」

指で指された先にはこんもりと山になったお饅頭。

こくんと頷けばとても嬉しそうに笑った燕青にようやく自分を取り戻してお茶を入れてあげる為に薬缶を火に掛けたのだった。























結局、多すぎたそれを持って悠舜を初めとする州城に残っていた官吏の皆さんでお饅頭を食べることになったのだけど。

その時に披露した料理が気に入られてしまったのだ。

『よかったら息抜き程度で構いませんので偶に何か作ってやって貰えると嬉しいのですが』

なんでもその料理食べたさに仕事の能率がぐんと上がる、なんて言われれば作る側としては嬉しい事この上ない。

第一片付けはしてくれるというのだ。

『その位はしないと君にも細君、または恋人に逃げられかねないとわかっているのですよ』

にっこりと笑った顔になんだか素直に頷いていいものか迷ったけれど。

悠舜から出される課題、燕青から出される問題の多くを解く時間も必要だったわけで。

朝は三日に一度、夜は二日に一度という感じで作ることになったのだ。

しかもなんでか料理の人数はきっかり六人。

前日の仕事量の上位五名、その日の仕事量の上位五名と作った本人、が食卓を囲むということになっていた。

はすっげーよな。普通大の男でも悠舜と議論を出来る奴はすくねーぞ」

そう言われたのは確か蒸した海老餃子を作った日のことだ。

「私は悠舜様を黙らせることの出来る凛さんや燕青の方が凄いと思うけど」

の手は休むことなく餃子の皮で具を包んでいく。

蒸せば赤が目に鮮やかな綺麗な餃子が出来るだろう。

「でも私みたいなのが州府の政務に参加して大丈夫なんて茶州ってよっぽど人材が不足してるのね」

子供だから、女だからと爪弾きにされることを覚悟していたのに。

茶州の人は官吏達は優しく暖かく迎えてくれた。

「まーなぁ。大体俺が州牧っていうのに無理があるだろ?それに比べればちっこくて可愛い料理上手なの方が

いいって悠舜はいうんだぜ?ひでーだろ!?」

そう言いつつも顔は笑っている。

暖かい太陽みたいな笑顔。

は俺の妹みたいなもんだって皆思ってんじゃねーか?」

くしゃりと頭を撫でられて目を丸くする。

どちらかと言えばでっかい弟が出来たような気がしたのだが、それは言わない方が良さそうとは微苦笑した。

「うん、笑った方がいいぞ。女の子は笑った顔が一番可愛いからなー」

そう言ってニッコリと太陽みたいに笑う州牧にはこの人が茶州を照らしているのだとそう理解した。



























「早いものですね。もう半年も経ったんですか」

昨夜と同じ悠舜の台詞にくすくすと笑えば隣で茗才がごそごそと何かを取り出してきた。

渡されたのは可愛らしい髪留めと螺鈿細工の硯の一品だった。

「勉強に励みいつか官吏となったら茶州へ」

女人は受験できないことを知りつつも応援してくれる人がいる事がとても嬉しい。

実務を経験させて貰えたのはきっといつか掛け替えのない宝となるとわかっているから。

「それにしても燕青はどうしているんでしょうね。もう出立の時間になってしまう」

帰りはこれで帰るようにと迎えに寄越された軒は義父からの手紙付きだった。

!!」

軒に乗り込もうとした時に駆けてきた燕青はなんだかボロボロだった。

「どうしたの?服破れてるし」

慌てて降りようとすれば止められた。

「ちょっと熊にあっちまってなー。まあ間に合ってよかった。ほら、これやるよ」

ばさり、と膝の上に落とされたのは沢山の秋桜の花。

「いつか俺も王都に行くからそん時は飯と饅頭作ってくれよな」

兄ちゃんはの頑張るのを応援してっからとという燕青に今まで我慢していた涙が零れそうになった。

「私、勉強とお料理頑張るね」

ありがとう、と言えばくしゃりと初めて会った時のように撫でられて向けられた笑顔。

「またなー」

振られる手を見えなくなるまで振り返した。

茶州を出る時に再び此処を訪れる日が来る、その時は官吏となった自分であればいいと願いながら。
























「何をそう落ち着かないんだ。全く今日の君は使い物にならなかったと景侍郎も言っていたが」

「ただいま帰りました」

扉の向こうからの声におや、と黎深は眉を上げた。

鳳珠はびくりと顔を上げた。

「失礼します。鳳珠様、無事に帰りました」

ぺこりと頭を下げた娘を鳳珠は頭の上から足の下まで見つめた。

怪我は無し。

「お帰り、どうだったかい。茶州は」

「!!」

言おうとした台詞を黎深に言われ言葉もない鳳珠にくすくすと笑う。

「とっても勉強になりました。燕青・・・っと浪州牧、鄭州牧補佐を初めとする皆さんがとても親切で・・・」

お土産にも色々貰いましたと笑えば鳳珠は些か不機嫌そうな表情をした。

それは長年の友である黎深にしかわからなかったのだけど。

「これお土産です。茶州のお料理覚えてきましたから作って差し上げますね」

黎深様と絳攸の分ですと言って差し出されたのは素朴ながら品の良い、珍しい料紙だった。

「これで大事な方にお手紙を書いて差し上げてください」

女の子は喜びますよと言われていそいそと帰り支度を始めた黎深に鳳珠は苦笑するしかない。

、礼を言う。これで私も秀麗に対して、脱見知らぬ人だ!」

すたたたたと去った後姿を見送ってそれからそっと懐から預けられた手紙を渡す。

「悠舜様からです」

其処には多分自分の評価が書かれているはずだ。

知りたくて知りたくない。

精一杯したけれどそれでも求められるものまで出来たか、求められる以上の答えが出せたかと省みれば否。

もっと勉強が必要だとつくづくわかった。

かさりと軽い紙ずれの音と共に開かれた手紙に目を通した鳳珠はふっとその美貌を緩ませた。

「よく頑張ったな。悠舜に及第を一応貰えたのなら見込みはある」

お帰りと囁くように言われて抱きしめられた。

「ただいま、帰りました」

その日、鳳珠の部屋の明かりは明け方までついていたのだった。