夢を見つけた。
それはまだ夢でしかなかったのだけど。
大切な人が出来たからこそ持てる、見れる夢。
指針となる人は私の前をいつだって歩いてくれているのだから。
「いいか、無理はせず危険に巻き込まれないように」
いつもなら理路整然と話す人が心配しているのか言葉を重ねている。
とても嬉しいと思うと同時にここで甘えては駄目だと思った。
「鳳珠様?大丈夫です。は十二になりましたし、武芸も日々鍛錬してます」
お土産は何がいいですか?と首を傾げると美しい人は震えるような吐息を零した。
「私が・・・行くなと言っても聞かないのだろうな」
その言葉を耳にした黎深は面白そうに片眉を上げた。
目の前の友人がその姿からは想像できないほどの男気ある性格を知っている身としてはかなり、女々しく聞こえた。
とても、似合ってはいたのだが。
隠された扇の後ろでは口元がぷるぷると震えているに違いない。
「鳳珠様のお言葉でしたらなんだってお聞きしますけど私の心配をしてくださっての事ですから」
やんわりと断るに黎深の眼差しが自然と柔らかくなる。
そして娘にそれが良い経験になるとわかっている鳳珠もまた無理に引きとめは出来ないのだ。
「絶対無事に帰ってきますから。お約束します」
にっこりと笑う姿に苦笑する。
「黎深様、鳳珠様をよろしくお願いします」
深々と頭を垂れる少女に黎深は邵可以外ではあまり見せない微笑を零した。
頭を下げている少女に見ることは出来なかったのだけど。
「私も君のお土産を楽しみにしているよ」
「はいっ!」
戦は終わったもののまだ治安が良いとはお世辞にも言えない王都。
そしてつられるように治安の悪化している他州。
軽装で旅立った少女にこっそり紅家の影が張り付いて居た事は一部の者しか知らないことである。
「ここが琥lだよ、嬢ちゃん」
「ありがとうございました」
親切なおじさんに礼を言って別れる。
荷車に積んで貰えたお陰で幾日か早く、しかも無事に着くことが出来た。
茶州、州都。
琥l。
茶一族が直に治めていると言っても過言ではない土地だが茶大保の奥方が実質取り仕切っているという噂もある。
「ちょっと王都の余波もあるみたい?」
なんだか市場に活気は見られなかった。
ていうか値段が高い。
王都の物資が枯渇していた程ではなくても黄州の市場と比べると二割増。
「・・・茶州も大変みたい」
小さく呟くと町の中心にある州城へと足を向けたのだった。
「あのーすいません」
門番の人に声を掛ければ怪訝そうな表情をされた。
「此処は子供が来るような場所ではないぞ」
帰りなさいと言われても引けない理由がある。
「あの、私っ王都から会いに来たんです」
鄭悠舜様に。
王都からという言葉に門番の兵は目を見張った。
戦の後である王都の治安の悪化を噂で聞く限り子供が一人で旅を出来るような環境ではない。
そして出された名前はこの州城で二番目の人の名であり何より
「私は黄と申します。お伝い願えますか?」
黄という彩七家の家名に驚いた。
そして木簡に裏書きされた黄家直紋の鴛鴦彩花。
「・・・少し、待っていて貰えますか?」
軟化した門番の答えに是と頷いた。
そして直ぐに入城が許可されたのだった。
初めて足を踏み入れる州城。
擦れ違うのは男性ばかりで女、というか子供が珍しいのか視線を感じる。
「あれ、迷子か?」
柔らかい声が聞こえた。
視線を向ければ頬に十字の傷がある青年。
いや、青年になったばかりの少年に見えた。
「鄭官吏に王都から会いに来られたそうです」
「遠くから来たんだなー、俺も悠舜んとこ行くから」
連れて行くわ、と言う青年をじっと見つめる。
「はじめまして、黄と申します」
ぺこりと挨拶をすれば満面の笑みが向けられた。
「俺は燕青。浪燕青」
二カッと笑って頭をくしゃりと大きな手で撫でられた。
悠舜はこっちだと遠ざかる背中を慌てて追いかけて廊下を進んでいった。
大きな扉の向こうに座って執務をしている人が居た。
優しげな容貌はどこか冬に見つけた陽だまりを思い出させた。
「悠舜、客だぞー」
燕青の声におや、と上げられた顔を見つめ近づく。
完璧な跪拝をして挨拶をする。
「初めてお目にかかります。鄭悠舜様。義父、黄鳳珠より書簡を預かっております。どうぞお読みになった上で
私、黄への処遇を考えてくださいませ」
すっと懐から差し出す二組の書簡。
一通は黄鳳珠。
もう一通は紅黎深からの。
「あの二人が私に書簡・・・ですか」
一人は律儀に季節の便りなど寄越すけれど必要以上の文字も交流もあまりなく
もう一人といえば兄家族について延々と手紙で書き連ね最後に一言書いているという代物なのだが。
悠舜が目を通す中は燕青が広げた紙に書かれたものに目を留めた。
「燕青さん?此処間違ってますよ」
人差し指で指し示された箇所に目を留めた燕青は驚いて目を見張った。
「・・・本当だな」
それは些細な数字の計算間違いだったのだけど。
それは大量なとある物の値段であり、それゆえに間違いは多大な混乱を引き起こしかねなかった。
「、と言いましたね。暫く此処で働いて見ますか?」
その様子を見ていた悠舜は話を持ちかけた。
手紙にも頼まれていた事だがこの忙しい時にもし使えそうな者がいるならば使わなくてどうすると思ったのも事実。
「よろしくご指導の程お願いいたします」
訳のわかっていない燕青に机と書簡を山ほど並べさせての茶州での修行は始まったのだった。