それはまだ春になりかけの梅が咲く頃。
「らっしゃいちゃん、今日はいいもんが入ってるよー」
馴染みになったおじさんに進められたものを購入した。
王都の物価も安定してきつつある。
それもこれも争いが収まり宮廷が回り始めた成果だろう。
勉強だけでは飽きるだろうと何かしたいことはないのかと言われじゃあ料理をと引き受けたのだが中々いい買い物が出来たと思う。
帰って作ったら今日は遅くなると言っていた鳳珠様に届けに行こうと心に決めて少女はいそいそと家路についたのだった。
厨に篭って半刻。
見事な手際で作ったのは梅の良い香りのする饅頭だった。
饅頭を包むと厨を片して宮城へと向かう。
軒に乗ることも出来たが少女としては家人に迷惑をかける事が心苦しくて一筆書置きだけすると家を抜け出したのだった。
宮城まで続く往来は軒も人も多い。
市も立っていてそれは争いのなくなったことを肌に感じさせる平和の象徴だ。
「ちょっと詰め過ぎたかな」
鳳珠様の右腕、景侍郎から『鳳珠の養い子の手作りお饅頭は戸部でも人気なんですよ』と言われては是非と思うのは料理人の悲しい性だろうか。
少しでも国を立て直す事を早く、と頑張る鳳珠様の手伝いを出来る彼らが羨ましくて仕方ない。
自分に出来ることといえば心挫けない様に日々努力すること位だから。
「すいません。戸部尚書、黄奇人の家人です。主に届け物を」
門にいる兵はあっさりと通してくれた。
絳攸が迷うのもわからないでもないかなと数度目の宮廷内を歩いていたのだが不意に庭先を見れば高い塔が目に付いた。
その塔にはぽつりと人影。
遠目にも高そうな服は人物が高官、もしくは彩七家なのだろうかと思わせた。
その人物と目が、合う。
「あのー・・・何をしているんですか?」
「休憩だが?」
邪魔だという響きを受けて思わず言葉に詰まる。
此処にお前の居場所などないと言われたようで。
努力は無駄でしかないと切り捨てられてしまいそうな日々の不安に心が揺れた。
その人が若いのにも驚いたのだ。
そして年に似合わない冷めた目も。
不意に腕の中の物を思い出す。
「あ・・・あの、よかったらお饅頭食べませんか?」
「饅頭だと?」
遠目にも形の良い眉が顰められたのがわかった。
「はい。梅饅頭作ったんです。作りすぎたのでよかったらどうぞ」
懐紙を取り出して取り分ける。
興味を持ってくれたのか塔から降りてきてくれた人はまじまじと薄紅色の饅頭を見つめた後、口元へと運んだ。
もぐもぐと黙って食べている様はなんだか野生の獣に餌付けしている気分にさせる。
「どうですか?」
「・・・美味い」
その言葉にほっこりと胸が温かくなった。
私にも出来ることはきっと、ある。
そう不安を閉じ込めた。
「じゃあ私は行かないといけないので。そんなに薄着ですと体調崩しますよ?」
気をつけてくださいねと言い残し立ち去ろうとすれば服の裾を引き止められた。
「次に逢った時に解れば是非茶を入れてくれ」
変な事をいう人だなと首を傾げる。
「わかりました。私の名前は・・・」
「また今度聞く」
ざぁぁっと風が吹いて目を閉じた。
瞼を開ければ人の姿などなくその建物が仙人が住むという場所だとが知ったのはもう少し後のことだった。
「殿はまた一段と料理の腕を上げられましたね」
にっこりと褒められれば嬉しくて笑ってしまう。
「お口にあったようで嬉しいです」
「この梅茶も美味いな」
仮面を外して一服する義父に少女はこの上なく幸せを描いた笑みを溢した。
「今日は沢山作って来ましたから皆さんで食べてくださいね」
そう言って包まれた饅頭を幾つか持って立ち上がった少女に鳳珠は聞いた。
「それは何処へ?」
わかっているのに聞くのは行って欲しくないせいかそれとも釘をどちらに刺すか迷っているのかと柚梨は思った。
「黎深様と絳攸にもお裾分けをと思いまして」
私はお手伝いできませんから。
そう笑う姿は何処か悲しそうに見えた。
「あいつは仕事は殆ど手をつけていないからな。やるなら李侍郎にやれ」
愛娘の饅頭をやるのならば精々励んで仕事の効率が上がるほうへと考えただろう鳳珠に柚梨はくすりと笑みを漏らす。
「鳳珠様、お仕事頑張ってくださいね」
そう告げて春の風のような少女は梅の香りを残して戸部を後にしたのだった。