鬼が来る

鬼が来るよ

桜の向こうから

ほら

来るよ

鬼が

鬼が

鬼が

桜鬼が来る

季節外れの桜が咲いた。

日本の代表する桜の苗木。

入学式の時に内緒で植えた。

丘の上。

全てが見渡せる場所。

心をホグワーツへ飛ばした場所。

あれからもう七年。

卒業式も終わって帰国した故郷ではゆっくりとけれど確実に時間が過ぎた。

「秋なのにね」

ひらひらと舞う薄紅色の花びらを静かに視線で追う。

薄紅色の蕾。

「あれは私の想い」

ホグワーツで芽生えた恋心。

白と薄紅色のグラデーションの花。

「あれは私の恋の色」

ホグワーツで見事に咲き誇った恋。

そして優美に舞う花弁。

「あれは私の心」

失恋した時のちぎれた心の欠片。

地面にはピンク色の絨毯が一面に広がっている。

「綺麗に咲けて良かったね」

恋できて良かったと思えた。

その事が嬉しい。

「私の心もきっと還って来るよね」

花弁が地面に肥料として還っていく様に。

いつかまだこの心を燻る恋の欠片を昇華できたらと思った。

「桜鬼が来る・・・か」

幼い頃祖母に教わった物語を思い出す。

『季節はずれの狂い咲きの桜に見惚れてはいけないよ。桜鬼に連れて行かれる』

くすりと笑ったの視界に薄紅色の膜が覆う。

「・・・・・・綺麗」

ふわりと秋風に舞い上がった花弁が視界を覆って薄紅色しか見えない。

異世界に迷い込んだような気分だ。

「・・・・・・・・っ」

風が止んで視界が戻った時そこには彼がいた。

「スネイプ先生・・・・・・」

これは自分の心が生み出した幻だろうか。

真っ黒の男は桜の花弁を踏みしめて近づいてくる。

「何故ここに・・・・」

声は擦れて酷く耳障りだった。

彼の前では何故自分を失ってしまうのだろう。

踏みしめられている花弁が自分の心のように感じた。

失恋した女の勝手な感情だが切なかった。

「私になんの用です?」

貴方はそんなに暇ではないでしょう?

そう想いを込めて告げた。

あの時の拒絶した背中を思い出す。

ざくり

スネイプの踏みしめた花弁が土とともに音を立てた。

あの時、私の心に走った傷のよう。

真っ黒なローブ。

真っ黒な服に身を包んだ男はゆっくりとの前に立った。

腕を廻して視界を閉じ込めもう片方で身体を引き寄せ耳元に囁く。

、と。

「先生・・・・・・・」

逢魔ヶ刻が過ぎ去り闇が丘の上まで支配した頃。

そこには季節外れの桜だけがはらはらと薄紅色の花弁を舞い散らしていた。


鬼が来る

魅了するモノが来るよ

桜の向こうから

ほら

来るよ

薄紅色の向こうから

桜鬼が来る

桜鬼に連れてかれるよ

連れて行かれる

鬼に

季節外れの桜の向こうに

ほら

ほら

佇んでいるだろう

鬼が

鬼が

鬼が