一本の桜があった。 随分な巨木で樹齢百年は優に超えているのではないだろうかと思われるそれは毎年見事な花で見物客を楽しませた、らしい。 らしい、というのは今ではその見物客も来ないのだ。 それというのも十数年前にぴたりと花が咲かなくなったのだ。 花が咲かぬ桜には興味は無いと春前に増える旅行雑誌もその桜を名所として紹介しなくなったし 見物客もそんな桜があった事など忘れたような木になっていた。 最初は植物の病気が考えられ多くの著名な樹医が桜を診察に来た。 立ち枯れも疑われたのだがそれもなかったようで結局は原因不明のまま今日に至る。 そんな花すら咲かせぬ桜をわざわざ見に来るのがは好きだった。 少女はその桜が花を咲かせた時を見たことは無い。 正確には覚えていない。 生まれて間もない時に一度だけ見た事があるのだという。 幼いは母に抱かれて花の下でただじっと桜を見上げてそれから嬉しそうに楽しそうに笑っていたのだという。 泣く度にその桜の近くに連れて来て賑やかな観光客の中でぴたりと泣き止む姿に余程その桜が気に入ったのだろうと両親は話したのだという。 覚えてはいないがきっと色彩の海に溺れていたのではないかと思う。 この桜が咲いたならきっと見上げた視界一面が淡い薄桃色で埋め尽くされただろうと想像したのだ。 ふいに吹き込んだ風が日中は温かくなったというのに肌寒く感じて視線を桜から外した。 夜の散歩を終了にするために踵を返す。 少女の背中の向こうには外灯に照らし出された桜の木が暗闇の中浮かび上がっていた。 男の後ろに薄桃色の空が広がっていた。 少女の背中には男の黒いコートが広げられていて痛みや冷たさは感じなかった。 今夜もいつものように夜の散歩と家を出て引き返す桜の木まで辿り着いたのだ。 ぞくりと背を駆け上がった悪寒と共に強い風が吹いた。 思わず目を瞑った。 ふわり、と鼻を突いたのは草花の強い香り。 視界を開けば桜が、咲いていた。 薄桃色の花が今にも散るような風情で満開を迎えていた。 「う、そ・・・」 咲かないはずの花。 昨夜まで蕾すらなかったというのに何故。 呆然と、否、陶然と桜に見惚れてしまって気がつかなかった。 桜の木の下に自ら以外に人がいたことに。 「桜が咲くのがそんなに不思議かね」 「え・・・」 驚きで振り向けば其処に黒衣の男がいた。 影のようにひっそりと。 だが、存在感がある男は外国人のようだった。 年配の男は気難しい人間のようでその顰められた眉や引き締まった口元がその気性を示しているように思えた。 けれど声は酷く情感豊かで低い声は耳に酷く心地よい。 刃物のような男だとは思った。 抜き身の刃でなく、いつでも反撃できる技量を知った上で獲物にそれを悟らせないような狡猾さを持った男だと。 危険だ、と何処かで警報がなっているようだった。 逃げなくてはと思うのだがそれは何処かにいる自分ではない別の誰かが思っているようだった。 身体は意思に反して縫いとめられているかのように一歩も動けず、男を見つめるばかり。 「桜が咲くのは悪いことではあるまい?」 耳元で融けるような声が吹き込まれた。 いや融かされたのは私だったのかもしれない。 男は酷く優美な動きでコートを脱ぐと地面へと広げた。 そして動けない少女の身体をまるで自らの一部のように躊躇いもせずに押し倒した。 自然な動きでふわりと地面に横たえられた少女の視界には男と桜しか映っていなかった。 肌蹴られた服はもうその役割を果たしていない。 男の目の前には桜に負けず薄桃色に染まった上気した白い肌が広がっていた。 きつく吸い上げては其処此処に花弁のような鬱血痕を残し辿っていけば少女の息がだんだんと上がっていく。 薄く色づいた胸の先端を避けてじわじわと舐めあげればひくひくと震える身体がある。 少女はくったりと力の抜けた身体を地面と男に預けていた。 羞恥からか、過ぎた快感からか、時折流す涙すら男に奪われて嫌々と首を振る姿は幼子のようでもあり、色に溺れた女でもあった。 細い足首を掴み大きく広げれば腕が隠すような動きを見せたが隠された場所へ顔を埋めれば抵抗は無くなった。 溢れた愛液は少女が感じていた事を無言で男へと伝えており男はいやらしく笑みを深めた。 濡れた下着を抜き取り、舌で芽を突付いてやればちいさな鋭い悲鳴が上がった。 じわりと増した愛液を啜り上げれば抵抗すら出来ない腕で顔を隠す少女の姿があった。 声を漏らさぬようにしているらしいがそんな些細な抵抗は男の嗜虐心に火をつけただけだった。 啼かしてやろうと芽を吸い上げ、舌と指をナカへと捩じ込み襞を弄る。 鼻先で芽を突付きながらナカで見つけたある部分をグッと押してやれば鮮やかな嬌声が上がり 男は満足そうに笑い、けれど指を動かすことはやめなかった。 ふるふると痙攣する太腿は力を失くし抑える必要の無くなった片手で芽を執拗に擦り仕上げとばかりに摘み上げる。 なだらかな下腹に口付けを落とし男はその華奢な身体を抱きしめた。 何度達したのか思い出せない。 幾度、口唇を奪われ、幾度、舌を絡められ吸い上げられたのか判らない。 肌に刻まれた痕は与えられた口付けの多さを表しているが幾つなのか数え切れないほどで 視界に広がる桜の花のようだと熱に浮かされた頭で思う。 ぼんやりと与えられる口付けを受け入れていれば男は機嫌の良さそうな笑みが見えた。 「 」 遠く聞こえる声に内包された感情がじわりじわりと侵食していく。 彼が何を言ってるかさえ理解できないのに。 ただ、男が狂おしいまでに求めていることだけは感じてしまって引きずられるように少女は手を差し伸べた。 その手が男の髪に触れ、頭を撫で、指先が顎から首へとなぞる。 肩へと手を回しゆっくりと背に滑らせれば男の様子が変わった。 酷く驚いたような、そして信じられないというような顔をしたのだ。 びくりと竦んだような男に戸惑い手を離そうとすれば逃がさないとばかりに抱きすくめられた。 ただ、その抱きしめ方は先ほどまでの此方の意思を気にしないといったものではなく、何処と無く躊躇いの残るもので。 愛しい、と思うのは間違っているのだろうかと思いながらも抱きしめ返さずにはいられなかった。 一本の桜があった。 随分な巨木で樹齢百年は超えているのではないだろうかと思われるそれは毎年見事な花で見物客を楽しませた、らしい。 らしい、というのは今ではその桜は無いのだ。 それというのも十数年前にぴたりと花が咲かなくなったのだ。 花が咲かぬ桜には興味は無いと春前に増える旅行雑誌もその桜を名所として紹介しなくなったし 見物客もそんな桜があった事など忘れたような木になっていた。 最初は植物の病気が考えられ多くの著名な樹医が桜を診察に来た。 立ち枯れも疑われたのだがそれもなかったようで結局は原因不明のまま今日に至る。 そんな花すら咲かせぬ桜をわざわざ見に来るものはどこにもおらず。 桜が無くなったことにすら気付くものもいなかった。 桜が最後に咲いた年に生まれたという娘がいた。 だが今は娘の家族さえ彼女の存在を無かったように忘れていた。 ふと闇夜に吹き込んだ風に混じって桜の花びらがひらひらと舞い飛んだ。 外灯に照らされた路道には人影はなく近くには桜の木もなかったというのに、だ。 ただ遠くでかすかに男と年若い娘の声が聞こえたような気がした。