宿り木
クリスマスの日には実のついた宿り木のその下で立っている女性にはキスをして良いという暗黙の約束。
それはホグワーツでも例外ではない。
そしてホグワーツにはたった一つしか実をつけない宿り木が聖夜の日だけ現れるという。
大広間ではクリスマスの前夜祭とばかりに豪勢な料理に大盛り上がりだ。
食欲を満たした男の子達が次第にそわそわと扉の向こうを気にしだして苦笑する。
ホグワーツでは宿り木は毎年少しだけ隠れた場所にこっそりと飾られている。
今年は扉の向こう側で壁と柱とで上手く隠れている場所だ。
人の目に直接触れるわけではないが公然とキスをすることになるので全く恥ずかしくないわけではない。
堂々とキスをしている恋人達は数える程度でたわわな実はまだ残っている事は予想できた。
「ちょっと俺と向こうに行かない?」
パチンとウインクまで決められてしまうが誘ってきた子はこれで十人目くらいだろうか。
「行かない」
行くつもりはないとはっきり断った。
背中にジリジリと視線が突き刺さっているのを感じた結果なのだが誰からのものなのかわかっているだけに恐くて振り返れない。
「・・・なんかスネイプの奴、俺を睨んでない?」
「気のせいじゃない?」
誤魔化しも効かないほどの視線に疑問符を浮かべている少年に慌てて言葉をかける。
「他の子を誘ってみれば?ほら、あのリボンの子とかこっち見てたよ」
ほらほらと送り出してしまって人込みに少年の背中が紛れてからほっと息を吐いた。
後ろを向けば我輩は不機嫌極まりないという顔のスネイプ先生がいた。
へらりと笑えば苦いものを噛んだというような顔をした恋人に酷いなあと苦笑して華奢な脚のグラスを手に取る。
「美味し」
フルーツがプカプカと浮いている炭酸ジュースにはアルコールの類は入ってないはずだが雰囲気も手伝ってか気分が高揚する。
ダンブルドアが良く食べ、良く遊び、良く眠ろうと言ってお開きとなった。
これから明日にかけて沢山のプレゼントへの期待からか生徒達は寮へと戻っていく中は一人地下へと向かっていた。
手には彼に渡すつもりの贈り物が収まっている。
ここ数週間のあくびの原因はこれだった。
何回もやり直すことになったが自分でも中々の出来だと思う。
人気の無い廊下の先にある扉をノックすればカチャリと扉が開き、主自らが出迎えてくれた。
「こんばんは、スネイプ先生」
にこりと見上げれば早く中に入れと急かされた。
部屋の中は暖かく自分が酷く凍えていたことに気付く。
「飲みたまえ」
振舞われた紅茶に礼を述べて口をつける。
「宿り木の下に誘われていたようだな」
一息ついたのを見計らって言葉をかけられた。
ノコノコと着いて行かなかっただけマシだがもっとさっさと追い払ったと追い払えばいいものをと苦々しいという表情で言われる。
「それとも誘われて嬉しかったのかね」
「仕方ないじゃないですか。特定の相手がいますからって断れないんですから」
恋人が教師だと苦労しますよね、ヤキモチ焼いてくれるのは嬉しいですけどと言えば少しだけ口の端が吊り上がり苦笑の形を作る。
しかしそれは直ぐに意地の悪い笑みへと変化した。
「その教師が好きなのは誰ですかな」
「さあ、多分好きすぎて周りなんて見えないんでしょうね、その子」
こんなものを作るくらいですから。
差し出したのは今年のクリスマスの贈り物。
本来ならクリスマスの日の朝に開けるのだが手渡しをしたくて持ってきたのだ。
「ほう、手作りかね」
開けてもいいかねという言葉にもう先生のモノですよと笑う。
包装を開けて出てきたのはタイとマフラー。
タイはパーティーの時に付けられるように黒地に銀の細かいラインが縦に走っているシックなものをマフラーは暖かさ重視で黒の太い毛糸で作ったのだ。
どちらも隅に小さく貴方の信望者よりと入れている。
「・・・気に入りませんでした?」
贈り物を凝視している恋人に声を掛ければいや、と言葉を濁される。
「大事に使わせて貰おう。感謝する」
ふわりと首にマフラーを巻いて笑ってくれたことにほっとする。
「そうだな、我輩からの贈り物を渡したい。少し着いて来て貰えるかね」ち
「あ、はい」
立ち上がったスネイプは少し待てと言って奥の部屋へと入って行き帰って来た時には手に黒いローブをもう一着持っていた。
「その格好では風邪を引く。これを羽織りなさい」
「ありがとうございます」
手渡されたローブからはかすかに薬草の香りがして表情が綻ぶ。
「スネイプ先生と同じ香りがします」
にこりと笑うにスネイプは何も言わず背中を向けたがその顔色がいつもより良かったことをは気付いてくすっと笑いを零したのだった。
「ここに何があるんですか?」
天文学の授業を行う塔の屋上に出たは質問した。
黙って着いてきたがいくらクリスマスの前夜と言っても二人で居るところを目撃されたりしないとは限らない。
それがわかっていないわけではないはずなのにと目の前の背中を仰ぎ見る。
「ホグワーツの宿り木について知っているかね」
返って来た言葉にはい、噂で聞いただけですがと返す。
「クリスマスの期間にだけ現れるたった一つしか実のついてない宿り木、ですよね」
不思議な事が日常茶飯事なホグワーツならではの噂に皆半信半疑であるのだが。
「本当にあるんですかね」
「あると聞いていたがな。知っているのはそれだけか?」
「何か不足でも?」
振り向いたスネイプは授業の時のように滔々と説明してくれた。
「そう、その宿り木の下で口付けを交わし永久の愛を誓った恋人たちは卒業後も上手くいくのだそうだ」
不思議な話だがなと言う台詞にへえと感心する。
「此処からが本題だが・・・ミス・、我輩とこの宿り木の下で永久の愛を誓ってくださいますかな」
すっと示された場所にはひっそりと宿り木がたった一つ実をつけて存在していた。
「え・・・あ、はい・・・勿論」
びっくりしてしまってそれだけ言うのも大変だったのだがぼうっとしている間に手に冷たい感覚。
我に返って輪をかけて驚いた。
「ああああのっ・・・・これっ」
左の薬指にぴたりと嵌る可愛らしい指輪。
いつの間にと思うが嵌めた本人はニヤリと笑うばかりだ。
「これで宿り木の下への誘いも簡単に断れることであろう?」
我輩のモノだと印をつけているのだからと言われてカァっと頬が熱くなる。
強すぎた驚きが去ればただ嬉しさだけが身体と胸を熱くした。
「ありがとう、ございます」
宿り木の下に二人で立つ。
それは神の御前に立ったような敬虔な気持ちにさせてくれた。
「我輩、セブルス・スネイプは死が訪れても・を愛すと此処に誓う」
「わ、私も・・・・もセブルス・スネイプを愛します」
大好きですからと言う言葉は落ちて来たスネイプの口唇に捕えられてしまったけれど。
気が付けば頭上にあった宿り木の実は消えていて足元には多分これまでの愛を誓った恋人達の名前が現れた。
「あれ、ポッター?スネイプ先生これって」
見知ったファミリーネームに声を上げれば忌々しそうに笑っている。
「ふん、奴の後なのは気に食わないが・・・致し方なかろう」
見たまえと示された場所にはスネイプの名との名前が現れていた。
「これで卒業までに誰も見なければいいが・・・まあ見られた時は見られた時だ」
あっさりととんでもないことを言い放ったスネイプは帰るぞと踵を返した。
は慌てて恋人の後を追う。
「今日は泊まって行くのであろう?」
愛も誓った事だしなと笑う年上の恋人に意地悪ですねと言いながらはその場を後にした。
ふわふわと浮びながら恋人達の後姿を見送った不思議な宿り木は暫く後に虚空へとゆっくりと消えていった。
残された空間にはチラチラとまた降り始めた雪がクリスマスの夜を静寂へと包んでいったのだった。