黒衣に身を纏うその男はまるで死のよう
その姿に目を奪われたのもまた事実
死。
少女にその実感は無かった。
生きているからこその楽しい事悲しい事煩わしい事。
様々な感情の中ただぽっかりと隙間があった。
埋めようにも埋められない虚無の穴。
生物には生に対する執着があるという。
少女にはそれがどんなものかわからなかった。
死。
死という実感。
ヒトとして何か間違っているのだろうか。
思春期にありがちな問いと大人は一括りに纏めるけれど自分の中で存在する空虚感。
埋めなくてはならないという焦燥感。
隙間を埋めるべく少女はその疑問を抱かせた男の下へ。
地下室へと足を運んだ。
「お前は死にたいのか?」
黒い瞳がやけに近くで問いかけてきた。
喉にまわされた男の指がギリと食い込む。
空気を求める細胞がの意思を無視して口を開けさせた。
否、と頭を振る。
「では生きたいのか」
指に込めた力はそのままで男はなおも問いかける。
わからない。
困惑した瞳の色を読み取ったか男の指は離れていった。
大量に流れ込んでくる空気にむせる。
細胞は歓喜をあげているのだろうか。
隙間がほんの僅かに瘡蓋のように薄く塞がる。
「死とはなんですか」
尋ねた言葉
「死とは別れだ。何も返して来ない、笑いもしない、泣きさえも」
全てが無になる。
何も其処には無い。
「そうですか。それはでは・・・」
きっと死とは先生ですね
そう言った私に訝しげな表情のスネイプ先生
「死の概念は先生でしょう」
目の前の黒づくめの男に向かって放った言葉の羅列。
「私にとって先生は何も返してくれません。きっと別れるときも」
泣きもしないし心から笑うこともないのでしょう?
死。
それが自らに引き起こすのは何も出来なかったという無力感。
冷たく動かない肢体。
笑いの途絶えなかった顔に写る死相。
器と愛すべき者を置いて死後の世界へと旅立った者。
その思いを上手く言葉には変換できなかった。
出てくるのは断片的な思い。
死という行為、またはその状況から引き起こされた自らの思いの欠片だけ。
「死の概念は先生でしょう」
そう言われた時は多分この少女かもしれないと思った。
全てとは言わない。
ただ何かを見出してくれる者。
「私にとって先生は何も返してくれません。きっと別れるときも」
その言葉に静かに瞠目する。
泣きもしないし心から笑うこともないのでしょうという言葉には心の隠した部分を曝け出された気分だった。
あの日から自分は確かに心を閉ざした。
あの笑い声が悲鳴となり通っていた血潮が地面に毒々しい色を示した時から。
悲しかったのかはわからない。
ただ何もできなかったという無力感があった。
「・・・・・そうだな」
その一言を目の前の少女がどう受け取るかなど考える余裕もなかった。
走った動揺に隙間が埋まる。
薄い瘡蓋の中にもう一枚の薄い瘡蓋。
「先生は死にたいんですか」
その言葉に見開かれた瞳。
一瞬にして平静・・・・・・・いつもの不機嫌な表情に戻ったけれど。
垣間見た男の内面に惹かれた。
自らがわからない死を望むという事実。
隙間を埋められるかもしれないという希望。
気がついた時には言葉は言霊として放たれた。
「先生・・・・・・私に先生をくれませんか?」
死という陰を背負った男を手に入れられたら自分の隙間を埋められるような気がしたのだ。
言葉を形にした瞬間隙間が塞がった感覚。
自分に足らなかったのは欲なのだと気がついた。
欲しいものが出来た時生きたいと心から思えた。
「私、先生と生きたいんです」
死。
それは終わり。
全てが無となる果て。
まだそれは全てわからないけれど。
「先生が好き」
だから先生をください
そう願った少女にスネイプがどう答えたかそれは二人だけの秘密。