「ベルがあんなこと言うなんて思わなかったなあ」
ルナにプロポーズかとちょっとだけ羨ましいなと思う。
メノリは不謹慎だっていって怒るけど帰れないならここで生きていかなきゃいけない。
生きていくなら誰かと結婚だってするはず。
恋愛して結婚して子供を持って。
恋愛するのは悪いことではないと思う。きっと。
「家族になろう、か」
聞き耳を立てたハワードの勝ち誇ったような言いふらす態度とは裏腹に何も言わなかったカオル。
思いつめたようにぎゅっと握り締めていた木が二度ほど折れたのを見ていた。
「やっぱり・・・・好きなのかなー」
ふうっと呆れるくらい重い溜息が出た。
思うのは彼のこと。
「家族かあ・・・」
マストの上の見張り台から見上げた星空はとても綺麗で。
少しだけ泣いてしまった。
「、おはよう・・・・・ってどうしたのその目!」
シャアラがびっくりした顔で聞いてきた。
「あは。なんかね目にゴミが入って取れなかったんだー」
「大丈夫?」
泣いていたことがばれると皆が心配するから嘘をついた。
優しいシャアラに嘘なんてつきたくないけれど心配かけるよりはマシ。
「うん、ちょっと顔洗ってくるね」
心配そうな表情のシャアラを残して船室を抜けた。
汲んでいた水を少しだけ使おうとしたのだけど先客が間の悪いことにいたらしい。
「おはよう・・・・・?」
「おはよう、カオル」
ちゃんと笑えてるよねと思いながら怪訝そうな顔のカオルの前を横切る。
「・・・・泣いたのか?」
「えっ・・・泣いてないよ」
嘘。
少しだけのつもりが止まらなかった。
腕を掴まれてたままでは到底顔なんて洗えない。
「やだな、目にゴミが入っただけ。顔洗うんだから離してもらえる?」
嘘吐き。
ちゃんと笑えているのかわからない。
でも泣くのは嫌だ。
心配をかけたくはない。
アダムの原因不明の熱だけでも皆心配しているのだから。
ううん、カオルに心配されたくない。
「そ・・・そうか」
「うん」
ぱっと離された部分が急に冷たくなった気がした。
気のせい。
気のせいに決まってる。
「じゃあ先に行っている」
「うん・・・」
去っていく足音を聞きつつ今日はカオルと操縦室だったことを思い出す。
「・・・・ふうっ」
大きく息を吐き出すと思いっきり水を救って顔を洗った。
「ふんふんふ〜んっ♪・・・とぉっ」
ドカっと隣に座ったハワードは手に持っていたナイフで弓矢の手入れを始めた。
「おい、今日はが船室じゃなかったか?」
そしてハワードは甲板だったはずだと記憶を手繰る。
「ああ、なんかがさ今日は外の気分だからとか言って俺と変われってさ。ベルと仲良く話してたよ」
「・・・・・・・・・・」
カオルの沈黙に気をよくしたのかハワードはペラペラと喋り続けた。
「でもさぁベルもルナにプロポーズするよりの方がよかったんじゃないのかな?可愛いし、優しいし、ベルのこと好きみたいだしさぁ」
「・・・・・俺は出る」
急に立ち上がったカオルにわたわたとハワードは弓を取り落とした。
「自動操縦にしてある。何かあったらシンゴに頼んでくれ」
「おいっ・・待てよー!」
ハワードの引き止める声も空しくカオルの姿は操縦室から消えてしまったのだった。
甲板に出たカオルが一番に見たものは海を見ながら笑いあっているとベルの姿だった。
「あれ?カオル。操縦はいいのかい?」
「え?カオル!?」
振り向いたには逆光でカオルの表情がよく見えなかった。
「ああ、操縦室にも少し飽きたからな。ベル、悪いが代わってくれないか?」
ハワードが一人のはずだと言うとベルは人のいい笑みを浮べて操縦室へと向かっていった。
残されたのはとカオルの二人。
「えっと・・・・カオルが甲板に出るの久しぶりよね」
操縦が出来るから最近はずっと操縦室に行くことの多かったことを話題に上げる。
食事などで甲板に出ることはあっても真面目なカオルは自動操縦に切り替えてもそのまま待機していることの方が多かった。
「ああ、お前と話すのもな」
カオルはそう言っての隣に腰掛けた。
「そ・・そう?そんなことないと思うよ」
身体をずらそうとして離れようとした腕をカオルが捕らえた。
「今朝泣いていたのはなんでだ」
じっと見つめている視線。
顔を合わすことはできなかった。
「泣いてないって言ったでしょ」
「嘘だ」
笑顔を作ってみたけれど一蹴された。
「ベルが・・・・・・・ベルがルナのことを好きだから泣いたのか?」
「え?」
カオルが苦しげに呟いた言葉に驚いてカオルを見た。
視線がパチリと逢う。
「ベルが好きなのか?」
「え・・・ええっ!私!?」
唐突な質問には慌てる。
好きな相手に違う子が好きなのかと誤解されたままというのはなんだか嫌だ。
「ちがうっ!確かにベルのことは好きよ?でもなんていうのかな、友達?そう!友達としての好きだからっ!!」
の言葉に一瞬ハッと息を飲んだカオルだが友達という言葉にゆっくりと息を吐き出した。
「・・・・・なら、いい」
ふいと横を向いて言われた言葉。
なんだか顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。
「うん。でもね、ちょっと羨ましかったかな」
ぴくりとカオルの肩が揺れた。
「それだけ好かれるルナが。カオルもルナのこと好きなんでしょ」
言うつもりのなかった言葉が口をつく。
可愛くない。
もの凄くルナに嫉妬してる自分。
悔しいから今だけは笑っていたかった。
「頑張らないと誰かに取られちゃうよ?」
視界がぼやける。
泣き顔も涙も見せたくなくて顔を抱えた膝に伏せた。
「・・・・・俺が好きなのはおまえだ」
頭の上に落ちてきた言葉。
「・・・・・・嘘」
ぽろり、と悲しくて出た涙が眦から零れた。
それは頬を伝って一筋の線を描く。
途中でカオルの指に拭き取られてしまったけれど。
「俺が好きなのはだけだ」
少しだけ照れているのか不機嫌そうに言われてじんわりと胸の奥に温かな火が灯ったように感じた。
「わ・・・・私も、好き」
その後はじめて見たカオルの顔を思い出す度には笑って何も知らない皆に不思議そうに見られるのだった。