あの長い惑星サヴァイヴでの生活は重力嵐との戦いの果てに幕を下ろした。
無事に帰還することが出来た私たちはコロニーの家族や友人、報道陣に囲まれた。
やっぱり生存は絶望視されていたみたいで色々大変だったりもした。
一番は勉強だったけど。
でも仲間がいるってことが凄く心の支えとなっていた。
皆、自分の進みたい道があのサヴァイヴでの日々で見えていたみたいで。
私は医療の道を選んだ。
看護士になりたいなんてコロニーにいたらきっと思わなかった。
あの生活の中で病気の怖さと適切な薬や治療についての知識の大切さを学ぶことができたから。
命の尊さを知ることができたから。
最初は皆で一緒にいることが多かった。
でもやっぱり進むべき道のためには離れなきゃいけなくて。
高校からは皆、別の学校へと進んだ。
ルナはテラフォーミングの学べる工学系、カオルはパイロット専門学校、ベルは植物科を学べる学校。
シャアラは文学を選んだしメノリは父親と同じ道を進むために政治・経済をハワードは俳優になりたいと言って演劇の学校へ行った。
シンゴは宇宙船技師を目指して猛勉強してたし私は看護の専門的に学べる学校へ。
寂しくないと言ったら嘘になる。
家族のように兄弟のように一緒にいた仲間だから。
でも譲れないものがあって目指すものがあって叶えたい夢があった。
三年間はあっという間に過ぎ去って新しい友達も沢山出来た。
けれどやっぱり定期的に連絡をくれる彼らがとても懐かしくて自らも連絡を取っていた。
彼からの連絡は特に何度も見たりしてた。
勉強が大変で挫けそうだったりした時は勇気を貰った。
皆頑張っているからと。
負けたら駄目だって。
そして看護士になった私はコロニーの大きな病院に勤めることになった。
初めはなれないことばかりで先輩看護士に怒られたりしたけど今は仕事もこなせる様になっていた。
「ねぇ、。今夜暇?」
「暇だけど?」
同期の友人が昼休みに話しかけてきた。
「今夜の合コンに出てくれない?一人どうしても足りないの」
いつもだったら笑って断るのだけど何度も頼まれた上にその言葉に引っかかってしまった。
「今夜の相手はパイロットなのよー」
彼がいるわけなんてないのに。
うっかり頷いてしまった私は憂鬱な気持ちで最後のファイルを閉まったのだった。
「あ、こっちこっちー」
招かれて女四人に相手は二人だった。
「あ、あと二人はちょっと遅れてくるって。多分すぐに来るから」
簡単な自己紹介の後に色々話して結構パイロットの人って面白い人が多いんだなーって思っていたら目の前の人がふっと入り口を見て手を上げた。
「おーいっ!此処だ、カオルっ」
カオル?
よくある名前だ、とかこんな偶然ありえない、とかぐるぐる思考は回っていたように思える。
「・・・久しぶりだな」
「あ、うん」
えー知り合い?とかいう誰かの声なんて耳に入ってなかった。
目の前には本当に電子メール以外では久しぶりな彼の姿があった。
「じゃあ、カオルさんは優秀なんですねー」
「いや、そうでもない」
もうちょっと会話にノリなさいよと言いたくなる程淡々とした返事だなと思いつつ目の前の人の話を聞く。
「ちゃんはさ、彼氏いないの?」
「いませんよー」
「ずっとには好きな人がいるんだよねー」
隣からの突っ込みに慌てる。
余計なことを言うんじゃない!?という心の声は聞こえなかったらしい。
「あの最近売れてる俳優ハワードから毎年バースデーには大きいプレゼントが届くのよー」
「へえー・・・ハワードのもしかして恋人?」
「違いますって」
あれはハワードのポスターとかCMしている化粧品だったりとにかくそんなものばかりであって恋人とかじゃ全然ない。
彼の好きな彼女についての相談を受けているんだから間違いない。
でもそんなことは言うわけにもいかないし。
「そっか、じゃあさ。俺なんてどうかな?」
「はい?」
目の前の男性がニコニコと笑っている。
えっと・・・それはどういう。
「!」
「は、はいっ!」
つい仕事の癖で名前を呼ばれて立ってしまった。
・・・恥ずかしい。
ぐいっと腕を引っ張られる。
「悪いがこいつは俺のものだ」
「え、え?ええ!?」
訳がわからないうちにぽかんとしている皆を残して私はカオルに引っ張られながら店を出ていた。
「カオルー?酔っちゃってる?」
自動操縦のタクシーを拾って自宅に行き先を設定した。
理由はカオルの泊まっているというホテルは遠かったから。
もうちょっと話したいなと思っていた私はカオルを連れてマンションの一室の鍵を開けて中へ通した。
「いや、大丈夫だ」
その様子はいつもと変わりない。
あの頃のクールなカオルそのままだ。
「カオルって酔っても変わらないんだね」
くすくすと笑っていたら近づけられた顔。
「酔ってない、といっただろう?」
その瞳に本気を感じてそれならなんでと疑問が浮かんだ。
「じゃあ、なんであんなこと言ったのよ」
「それよりハワードとは付き合ってないんだな?」
「それよりって!?それよりってなによー!」
「いいから答えろ」
酔ってるのは自分の方かも知れない。
お酒よりカオルといられることに。
「違います!大体ハワードの惚気を聞かされて?その上このポスターの出来はどう思うかなんてことあのかっこつけしいが恋人にいうわけないでしょ!?」
大概いい出来で五割増しにいい男ねと言ったら惚気も途中で腹を立てて通信電話を切ってくれるのだが。
「そうなのか」
「そうなのよ」
こくんと頷けばふっと柔らかい表情がカオルに浮かんだ。
「恋人はいないんだよな?」
「そうよ!できるチャンスをカオルのせいでしっかり潰してくれちゃったわよ」
本当は断るつもりだったけどと思いつつ冗談交じりで言った。
「それは悪かった。俺じゃ駄目か?」
「はい?」
前半はわかる。
好きな人に言われる言葉としてはちょっと辛いけれどわかる。
でも後半は・・・理解不能。
「だからお前の恋人に俺がなったら駄目かと聞いてる」
「え・・あの・・・カオルってルナが好きじゃないの?」
もの凄く努力して出た言葉はそれだった。
カオルはハアァァァァーと深い、深い溜息をついて一言。
「気づいてなかったのか」
何に?
私の言葉は口唇を塞がれて出なかった。
「これでわかっただろ?俺が好きな相手は」
ゆっくりと離れていく暖かい温もり。
今、何が起こった?
「えと、もしかしてカオルって私のことが好き・・・だったり?」
「多分気づいてないのはお前だけだ」
「え、ええ!!じゃあ皆知ってたの!?アダムも!?」
多分なと言うカオルに必死で昔を思い出す。
そう言えばあの時もあの時もあの時もカオルは何かいいかけてたし皆何処かに一斉に出て行ったような・・・。
「鈍い」
一刀両断に言い切られて結構傷つく。
「俺が電子メール頻繁に送ってたのにも気づかなかっただろ」
「・・・う。思いもしませんでした」
それはそうだよね。
幾ら昔の仲間が懐かしいからって毎週電子メールはやっぱり少し、いや大分おかしいかも。
それがカオルとなるとなおさら。
「ハワードと付き合ってるかと思って女々しいなとは思ったんだけどな」
「だから付き合ってないって!」
「わかってる」
ぎゅっと抱きしめられた。
「かっ・・カオルっ!!」
じたばたともがいてもすっかり男の人になってしまった彼の腕からは逃げられない。
「返事は?」
ずるいと思った。
キスされてひっぱたきもしなかったんだから返事なんてわかりきってると思う。
なのにそんな優しい表情で聞かれたら答えるしか、ない。
「私もカオルのことがずっと好き」
背中に腕を回してぽすりと胸に頬を寄せるととくんとくんと少しだけ早い鼓動。
「ね、もしかしてドキドキしてた?」
「五月蝿い」
そう言ってカオルはゆっくりとキスをしてくれた。