何もする気がが起きない。
しなければ生きていけない呼吸さえ億劫だ。
耳も塞げればいいのに。
視界から入ってくる情報を遮断することで捨てて思う。
手を使うのが厭だ。
ゆるゆると意識が落ちる。
「死ぬのかな」
心臓が肥大した肉の中で震えるように動いた。
スネイプがその少女を見たのは病院の中だった。
奇病の者だけが入る病棟。
その中で昏々と眠る一人の少女。
「・・・こっちはどういった病気ですかな?」
「眠り病ですわ。生きていく気力がなくなったんでしょう。もう二年近くになるんですよ」
看護婦が忙しそうに動きながら説明した。
「家族は・・。いないのですか」
窓際に飾られている花が造花だと気付いて尋ねた。
「ええ。亡くなられたとか」
でも死ぬまで眠っても大丈夫なお金を残してくれたんですから良かったですよともう一人の看護婦が言った。
スネイプはその言葉を諌めはしなかったが眉を寄せて密かに非難を表した。
眠っている少女はただ静かに瞼を閉じていた。
「・・・・ミス・。我輩はセブルス・スネイプだ」
スネイプは仕事の合間に病院の少女の下へ通うようにした。
週末の数時間。
生花を活け少女の隣に飾ると話しかける。
「眠っていなければミス・はホグワーツへ来るはずだった。だから本来ならば我輩の生徒でもあるわけだ」
スネイプは眠り続けるに他愛もない日々の出来事を話す。
いかにホグワーツが騒々しいかとかグリフィンドールが気に入らない理由とかハリー・ポッターの小賢しさ等。
「また来る」
そう言ってそっと瞼を掠めた指先。
ホグワーツへの帰り道。
スネイプは自らがいかに饒舌だったかを思い出し後悔するのだった。
花が萎れる前にとスネイプが通うようになって一年が過ぎた。
あいも変わらず少女の瞼はしっかりと閉ざされていて。
「ここまで眠って脳は溶けているのではないかね?」
からかうようなスネイプの声を聞けるのは眠っている少女一人。
個室が開いた際にスネイプが移して貰えないかと頼んだ結果、今ではの眠りを妨げる者はスネイプ一人。
「我輩はお前の瞼の下の瞳が見たい。その瞳で何を見てどんな事を考え、思い、笑い怒る様を知りたいと思う。
しかし、今は眠っているほうがお前のためには良いのかもしれんな」
そっと触れる指先。
いつから愛しいと思ったのだろうか。
まだ話したこともない少女に心奪われるとは。
「我輩がここに来るのは次で最後だ」
そっと耳元で囁いた言葉に睫毛が微かに揺れたのは開けられた窓から入った風のせいだったのだろうか?
スネイプがの元を訪れたのはその翌々週。
ヴォルデモートへのスパイを了承した後の事。
「遅くなって悪かったな」
スネイプはホグワーツであった痛ましい事件やハリーがホグワーツの代表が勝ったことを話した。
そして自らが行なう仕事についても。
「眠っていろ。平和な時代が来るまで何も知らず、何も見ず、何も聞かず生き抜いてくれ」
そろそろ面会時間も終わりだなと懐から取り出した懐中時計を見て呟く。
もうと会うのも最後だと思うと自分がもし死んだ後でも平和な時代が訪れ目覚めて欲しいと思った。
「最後だから・・・許してくれ」
そっと唇に自らのそれを触れさせた。
初めてで最後の口付け。
もうスパイをする自分はここには来れない。
そう思って女々しい思いを振り切って離れようと顔を上げた。
ぐいっ
「なっ・・・・・・・!」
どさっ
何が引っかかったのか立ち上がることは叶わなかった。
少女を押し倒す格好となったスネイプは慌てて起き上がろうとしたがそれは柔らかな拘束によって阻止された。
「・・・・・・スネイプ先生」
どこからか聞こえた声。
驚いて下を向けば閉じられていた瞼がゆっくり開いて初めて見るの瞳をスネイプは綺麗だと素直に思った。
「遅いっ!!」
「は・・・?」
「もっと早くに起こしてくださいよっ!」
スネイプの下で目を覚ました少女が開口一番の言葉を放った後、スネイプの背にその細い腕を廻した。
柔らかくそれでいて離さないと意思表示した拘束。
「私もついて行きます」
そう言って目覚めたばかりの少女はスネイプにそっと愛を囁いた。
ずっと貴方の夢を見ていたという少女にスネイプは困惑しながらも守るものを腕の中へ閉じ込めたのだった。