煌々と高い夜空に銀の月

細く輝く猫の目のような月はゆっくりと南の空へと昇った










夕暮れ時から待ち続けている身としては空腹もさる事ながら寒さが堪えた。

夏も近いというのに寒さは日が落ちてから一段と厳しくなり今は肌をさすほどだ。

少し虫除けの匂いのする夏用の薄手のローブを掻き寄せながらこんなことならもう少し冬用でも良かったと後悔する。

が、あとの祭り。

後悔先に立たずという言葉を噛み締めながら塔の上で夜を明かす事になりそうだと鼻を啜った。

あんな事を書いたのはただの気紛れだ。





―貴方が来るまで私は待っています―





約束の時間はとうに過ぎた。

失恋はほぼ決定打だ。

だって彼には彼女になるだろう素敵な人がもう傍らに、いる。

けれども帰らないのは、帰れないのはなんでだろう。

あんな事を書いたのはただの文章の飾りとして見栄えが良くなんとなくどんなに自分が彼を好きか伝わるような気がしたからであって書いた時には全く待つつもりなんてなかったのに。

「・・・あ、そうか」

わかってしまった。

気付いてしまった。

「一秒でも失恋を認めるのを延ばすため、だ」

嗚呼、なんて汚い打算塗れの私!

いっそ失恋したー!と寮室へ駆け戻って来てもくれなかった人への愚痴を言ってたくさん泣いて暖かい布団で泣き寝入りすれば楽なのに。

「でも、好きなんだよなあ」

飛び抜けてカッコいいわけではなかった。

ただ少し優しくされて、はにかんだ笑顔を見つけた時には恋に落ちていた。

「本当肺炎になりそうかも」

ローブをかき寄せる指が悴む。

夏なのに。

ふと塔の階段に続く扉を見れば開けっ放しの闇から闇が分離したように見えた。

「・・・っ!スネイプ教授!」

ヤバいと思うも凍えた身体は立てもせずツカツカと歩み寄る姿に覚悟を決める。

何十点減点でも退学にならなければいい。

「ミス・、こんな場所で何をしている」

冷たい空気より鋭い言葉が降って来た。

「お月見ですよ。教授こそ熱心に見回りですか?」

平静を演じれば月明りにスネイプの眉が顰められたのがわかった。

「そんな薄着で無断で月見かね?夏風邪は馬鹿が引くがミス・は肺炎でも起こして死ぬつもりですかな?」

立てと言われて口を開く。

「肺炎で死ぬかもとは思いましたが。もし良かったら見逃してくれません・・・よね?」

ギロリと睨まれて渋々と立ち上がろうとすればその前に隣りに暖かい温もり。

「何のつもりか知らんが十分だけだ」

そう言って塔の壁に同じように背をもたれ空を見上げている。

珍しいこともあるものだと思いながらあと十分は失恋しないですむと考える。

「スネイプ教授はなんで塔に来たんですか?」

見回りにしては塔の外まで来るなんてと思わずにいられなかった。

「気が向いただけだ。ミス・は逢引かね」

その様子ではすっぽかされたようだがと言われ苦笑した。

「当たらずとも遠からずですね。正しくは逢引しあいたい人にすっぽかされました」

沈黙。

何か慰めの言葉一つでも掛けてくれるかと思ったが馬鹿にするような言葉すらなく正直気まずい。

「・・・待ち惚けを受けたラプンツェルだな」

ラプンツェル

塔の上で暮らすお姫様

髪を垂らして王子様を待つ娘

「髪はそんなに長くないですけどね」

せいぜい肩より少し長いくらいだ。

「しかし人一人上れる髪とはどれだけ強いとか思いません?」

普通なら抜けますよとか話していたらじわりと視界が滲んだ。

駄目だ、泣いてしまう。

パサリ

涙が零れそうになった瞬間頭に掛けられたのは少し温かいローブで顔を上げる前に声が落ちた。

「我輩は暑くなったから持っていろ」

暑いわけなんてないのに。

ふわりとローブから漂う薬草の香りに涙が溢れた。

「・・・教授、鼻水付いちゃいました」

「・・・洗って返したまえ」

あの後泣いた私を優しく撫でてくれた手の持ち主は呆れたように笑った。

「ありがとうございます」

後で返しに行きますからと言えばすっと頬を撫でられた。

「諦めが付いたら我輩の元へ来い。我輩以外誰にも逢えないよう地下室へ閉じ込めてやる」

今日の減点は多目に見て差し上げようと言って去る背中を呆然と見送った。










ラプンツェルは塔より地下室に閉じ込めるべきだと甘く優しく囁かれるのは失恋を乗り越えた翌日の事。